立命館大学ボート部|Ritsumeikan University Boat Club

Crew Blogクルーブログ

2022年
10月07日

引退ブログ 釜坂晴樹

こんにちは!!

男子主将を務めておりました、釜坂晴樹です。

ボート部を引退して半月程しか経っていませんが、すでに4キロほど太ってしまいました。

みんなに会った時に「釜坂さん太りましたね。」と言われないよう、マイペースに頑張ろうと思います。

さて、引退ブログということですが、生まれてこの方ブログというものを書いたことがありません。読みづらく拙い文章ではあると思いますが、思いを込めて書かせていただきます。最後まで読んでいただければ幸いです。

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まずは、ボート部に入部した経緯から書こうと思います。

知らない方も多いと思いますが、高校は野球部に所属しており、一途に甲子園出場を夢見る高校球児でした。甲子園を目指し練習するというものはとてもハードで、当時はこれ以上にきつい経験をしないだろうな、大学ではきついことはしないでおこう、と思っていました。そんな思いで見つけたのが「BBQ」の文字が書かれたビラでした。そうです、ボート部の新歓のビラです。お昼ご飯がただで食べれちゃう、そんなずるい考えから参加しました。

そこで見たのはとてもとても暖かい雰囲気の部員の皆さんでした。新歓参加者に優しいのはもちろん、部員同士のワイワイガヤガヤしている様子に、こんな空間にいることができたら毎日楽しいだろうなと思いました。

モーターから「名前覚えたから絶対入れよ」と半分脅しに近い言葉をくださった松井さん(20年度主将)やエルゴを体験した僕に「めっちゃ上手、こんなに速いの見たことない」と見事に騙してくれた有里、伶奈、彩里佐、大将たちを今でも覚えています。ボートへの興味が0から100に変わった瞬間でした。

その新歓の中で入部を決心する言葉がありました。それは「初心者でも全国を目指せる」という言葉です。甲子園を目指したものの出場できなかった高校での悔しさがあったのか、その言葉がとても胸に響きました。朝5時から練習がある、休みは週1、それらを聞いてもその決心が揺らぐことは無いほどにボートに興味を持ちすぎていました。

振り返ってみると、部の雰囲気や「初心者でも全国を目指せる」という言葉だけで入部するという、言い方は良くないですが、簡単に釣れたカモな新入生だったと思います。(笑)

 

そんなこんなで始まったボート人生でしたが、1年目はボートとしての楽しさは皆無でした。ボートに乗るための基礎を固めるということでひたすらエルゴ、エルゴ、エルゴとエルゴ部所属を名乗るほどにエルゴしかやっていませんでした。それでも続けられたのは、隣で一生懸命漕いでいる同期であったり、フォームを見て指導してくださる先輩であったり、なにより全国を目指す心が自分にあったからだと思います。

1回生の冬2000m測定で7分を初めて切った時は、やっと全国を目指すスタートラインに立てたという気持ちで、そのときだけはエルゴが好きになった気がします(多分気のせいです笑)。

 

2回生はいろいろなことを経験した年となりました。初めて大会に出ることができたのも2回生です。その中でボート人生の転機になったのが、2回生のインカレです。

一般生の先輩3人とクオードで出場させていただき、結果は準決勝敗退。一般生4人で準決勝まで進めたことは素晴らしいはずです。しかし、この準決勝は進んだものではなく、先輩たちに連れて行ってもらったものでした。バウとしての仕事は全くできず、出力も出ない、漕ぎも合わせられない、0.5人分のこともできていない、冗談なしで大荷物を抱えたクルーだったと思います。このインカレで自分のレベルの低さ、練習と本番の違いなどを身にしみて感じました。嬉しさ1割、悔しさ9割、そんなインカレでした。

全国の舞台を知り、自分の未熟さを知り、また、クルーでのレースが初めてということもあり、クルーボートの難しさも知りました。そこからエルゴのタイムも伸び、技術的にも向上することができたため、このインカレに出させていただき、良い経験をさせてもらい、本当に良かったと思います。

 

3回生は挫折の年でした。初心者だったため、それまでは目に見えて成長していましたが、3回生にもなると、レベルが高いところまで要求されるようになり、なかなか成長を感じづらくなりました。ボート経験者の皆さん、こんな経験ありますよね?

頭では理解できているのにできない、自分ではやっているつもりなのに動画で振り返ってみると大して変化がない、ということ。

とても苦しみました。乗艇中にボートのことを考えるのはもちろんのこと、練習時間外でも常にボートのことを考え、休んでいるはずなのに休んでいる感覚はない、自分で自分を追い込んでしまっていました。朝日レガッタ前の追い込み期間、いつもできていることが急にできなくなっていました。もうダメだと思っていたところで、朝日レガッタ中止の連絡が来ました。

その時の心情は「大会がなくなってよかった」。

最悪ですよね。出たくても出ることができない人もいるにも関わらず、そんなことを思ってしまうなんて。全国大会で勝つことに希望を抱いて入部したのに、大会が無くなって喜んでいる、そんな自分が嫌になり、退部することも考えました。

そんな自分を救ってくださったのが古江さん(21卒)でした。古江さんに暖かい言葉をかけてもらい泣きまくったことを思い出します。「つらい時は逃げてもいい」これはすべての人に通じると思います。逃げずに戦うことは大事だし、とても素晴らしいことです。しかし、追い込まれてどうしようもない時には逃げた方が、大事なものを失うよりもはるかにましだと思います。

逃げてしまい、練習を休んでいた自分が部にいてもいいのかとも思いましたが、そんなことを感じさせないくらい先輩、同期、後輩みんなが話してくれて、遊んでくれて、ボート部の温かさを感じました。この部活を選択したことに間違いはなかったと、とても感じました。

 

4回生では主将になりましたが、大きく思うことは主将らしいことができなかったな、ということです。

主将の理想像は前主将であった古江さんでした。周りのみんなから信頼され、周りへの気遣いができる、そんな主将を目指してきました。しかし、振り返ってみると、みんなを支えるどころかみんなに支えられていたなと思います。

最後の大会であるインカレ前にはコロナにかかってしまい、沢山の人に迷惑をかけてしまいました。体調の心配をしてくれる人、買い出しをして家まで届けてくれた人、自分はこんな良い環境の中で暮らしているのだと、コロナで苦しいはずなのに、とてもうれしい気持ちになりました。人から支えられてこそ自分は生きていけるのだと思いました。

コロナ明けで出た大会は、今まで感じたこと無いほど苦しいものでした。10日間というブランクはとても大きいものです。すぐに息は上がるし、すぐに足は動かなくなる、地獄のような2000mでした。しかし、最後のレースを終えた後は本当に大会に出ることができてよかったなと心から思いました。結果は全然ダメでしたが、みんなから応援されるということの素晴らしさを知ることができました。

 


同期へ

結局同期全員で集まることは無かったですね。でも、それが僕たちらしいのかな、なんて思います。最初は他の回生と自分たちを比べて、もっとあの回生みたいに仲良くなろう!!なんてことも話した記憶があります。でも、仲良くなるってそんなことじゃないんですね。僕たちだけの空気感、僕たちだけの距離感、僕たちだけにしか分からないことがあります。それをすべて踏まえて全員集まることがなかった、そう思っておくことにします。これからみんなバラバラ、それぞれが違うことをすると思いますが、何があってもみんなは愛すべき同期ということは変わりません。みんなならどんな環境でも輝く存在になると信じています。時間が合えば、全員は無理でも集まる機会があればいいなと思います。みんな太りすぎんようになー。(笑)

4年間お疲れさまでした。

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後輩へ

一緒に遊んだり、ご飯食べに行ったり普段の何気ない会話ですらもとても楽しかったです。こんな個性もない、面白くもない自分に付き合ってくれて本当にありがとうございました。僕からみんなに言うことは無いほど、みんなは素晴らしいです。それぞれに個性があって、みんな面白いです。たまに個性が強すぎてぶつかることもあると思いますが、このボート部は温かい人たちが多いから大丈夫です。みんな親身になって話を聞いてくれるし、大丈夫かなと気遣ってくれます。いろいろな経験をして最後に笑えたらそれだけでいいと思います。つらいこと、苦しいこと、あればいつでも話聞きます。さっきも言いましたが、本当につらいときは逃げていいんです。お互い支えあってこれからも頑張ってください。

みんなの活躍を心から願っています。みんな頑張れ!!

 


最後になりますが、同じ時間を過ごした選手、マネージャーはもちろん、スタッフの方々や応援してくださった保護者の皆様、OBOGの方々、関わったすべての皆様、いろいろなサポートをしてくださりありがとうございました。これからも変わらぬご支援・ご声援のほど、よろしくお願いいたします。これからはOBの一員として立命館大学ボート部の活躍を心から応援しています。

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